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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)104号 判決

原告(反訴被告) マルホ宝物産株式会社

右代表者代表取締役 森武雄

右訴訟代理人弁護士 藤井正章

被告(反訴原告) 増田重信

右訴訟代理人弁護士 三津橋彬

右訴訟復代理人弁護士 猪狩康代

主文

一  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し金一〇二六万三六八四円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二七日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の請求及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告(反訴被告、以下単に原告という)

1  被告(反訴原告、以下単に被告という)は原告に対し、金二七八万五八六〇円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二八日から完済まで日歩二銭八厘の割合による金員を支払え。

2  被告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  原告は被告に対し、金一九七五万円及びこれに対する昭和五〇年五月一一日、予備的に同年九月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  仮執行の宣言

第二主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告は訴外北海道穀物商品取引所(以下「商品取引所」という)の取引員である。原告は、顧客から委託手数料をえて、穀物等の農産物の売買の委託を受け、自己の名を以って、委託者の計算において農産物の売買をなすことを業としている。原告は、昭和四九・五〇年当時商品取引所法九一条の二に基づく登録外務員として訴外松村昇を使用していた。

2 原告は、被告の計算において、別表二記載のとおり北海道大手亡豆(先物)の売買取引をした。右取引の結果被告の計算に帰すべき益金の額は合計金一八〇八万八〇〇〇円、損金の額は合計金一九二六万四〇〇〇円となった(別表二参照)。

3(一) 被告は、前記松村昇に対し、北海道穀物商品取引所受託契約準則(以下受託契約準則という)に基づき別表二記載の新規先物売買取引及び右のうち同表記載の1ないし48、50ないし77に関する反対売買(仕切り)を委託する旨申込み、同訴外人は右申込を承諾した。

(二) 仮に(一)の事実が認められないとしても、被告は原告に対し、昭和五〇年七月一二日ころ、書面をもって、前項の先物売買取引の結果につき、異議なく承認する旨述べて追認した。

(三) なお別表二記載49及び78に関する反対売買(仕切り)については、原告において被告に対し追証拠金の預託を請求したのに期限までに預託されなかったので、受託契約準則一三条に基づいて処分したものである。

(四) 商品取引員は、受託契約準則一四条に基づき、委託者に対し商品取引所所定の料率による委託手数料の支払いを求めることができる。2項の売買取引についての委託手数料の額は、別表二記載のとおりであり、合計金一八七一万二〇〇〇円となる。

4(一) 別表二記載の各取引について発生した損益差損金及び委託手数料と損益差益金及び委託証拠金について、原告は被告に対し、昭和五〇年六月一二日、七月七日、二九日及び一〇月二七日、それぞれ当時の対当額において精算する旨の相殺の意思表示をした。したがって、原告は被告に対し残余の精算金(損益差損金及び委託手数料)請求権金二七八万五八六〇円を有する。

(二) 商品取引員に対する委託者の債務の遅延損害金については、北海道商品取引代行株式会社所定の金利相当額とする旨の商慣習がある。

(三) 商品取引員に対する委託者の債務の履行期は商品取引員指定の日から一〇営業日の期間を経過した日である。原告は被告に対し(一)の債務の決済日として昭和五〇年一〇月一五日を指定したから、右債務の履行期は昭和五〇年一〇月二七日となる。

5 よって、原告は被告に対し、前項(一)の精算金二七八万五八六〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五〇年一〇月二八日から右完済まで北海道商品取引代行株式会社所定の金利である日歩二銭八厘の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実のうち1、2項及び3項(三)、(四)は認めるが、4項(二)は不知、その余は否認する。被告が訴外松村に対し原告主張の先物商品取引を委託したことはない。被告は、原告主張の先物商品取引について、商品取引の性格、その危険性、取引の方法、取引に当たり注意すべき事項、相場の動向の判断の仕方、証拠金の性格、その支払方法など、商品取引について必要な知識について、予め訴外松村から説明を受けていない。

三  抗弁

1 仮に原告の本訴請求債権の成立が認められるとしても、原告には反訴請求原因2項の違法行為がある。しかも被告は一介の農民であり、商品取引はおろか競馬にも手を出したことのない人間である。このような被告に甘言をもって接近し、相場の地獄に陥入れたプロの商品取引員には重大な責任がある。商品取引員は取引の委託を受け多額の手数料を受け取る。取引の損益にかかわらず利得を得るのであるから、依頼者(被告)がどう苦しもうとどうでもよいのである。セールスマンは利益の確実性をもって勧誘し(本件の場合は農林債券の購入だと誤信せしめた)、被告から莫大な金を引きださせ、家族には内緒にさせ、しかも証拠を残さないようにして結局は被告から手数料収入を獲得している。本件の場合には原告の不法行為を示す数々の証拠がある。被告は原告の被害者である。原告に不法な利得を残すことは社会正義に反することになろう。したがって、原告が被告に対しその取引の結果生じた債権を行使することは許されない。

2 仮りに原告の本訴請求が認容されるとしても 被告は原告に対し反訴請求原因2項の損害賠償債権をもって昭和五五年二月一三日対当額において相殺する旨の意思表示をした。したがって、いずれにしても原告の本訴請求は失当である。

四  抗弁に対する答弁

抗弁事実は否認する。

(反訴)

一  請求原因

1 不法行為(一)

原告の外務員である訴外松村は、昭和四九年七月一日ころ、被告に対し、同人から金員を騙取する目的の下に自分は農林債券の販売員である、農林債券は農協預貯金よりも金利が高く有利な利殖方法である旨、虚偽の事実を告げ、その旨誤信した被告から原告に対し、昭和四九年七月一日から昭和五〇年五月一〇日までの間に別表三記載のとおり合計金一九七五万円を支払わせて、右金員を騙取した。

2 不法行為(二)

仮に前項の事実が認められないとしても、原告が被告の計算において行った別表一、二記載の各取引に関し、訴外松村その他原告従業員は、その職務を行うに際し、故意または過失により、次のような不法行為をなした。

(一) 商品先物取引の相場は不確実なものである。それにもかかわらず、訴外松村は、昭和四九年六月二八日ころ被告に対し、商品先物取引が農協預貯金あるいは株式投資よりも利益が多く、かつ、安全な農林債券ともいうべき取引である旨説明し、その結果、被告は、商品取引についてそれが農林債券の購入であり、利益の発生が確実である旨誤信した。訴外松村が被告に対して行った勧誘は、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して行ったものである。被告は商品先物取引について知識をもたず、地道で平凡な生活を送ってきた人間である。このような被告が松村の勧誘に心を動かされたのは、商品取引の射倖性に魅せられたためではなく、農協預貯金あるいは株式よりも利益が多く安全であるという、利益の確実性・取引の安全性を信頼したがためである。しかし、商品取引は投資ではなく、投機である。投機とは「不確実な利益を予想して行う射倖的行為」であり、被告のごとく知識の乏しい素人が手を出すことは危険この上もない。したがって、本件のごとく利益の確実性・安全性を示して被告のような相場に無知な人間を勧誘すること自体、詐欺的行為というべきである。このような勧誘は商品取引所法九四条一項一号、九六条、受託契約準則一七条一号に違反すると同時に社会通念上商品取引における外務員の外交活動上一般に容認されるべき範囲を超えたもので、それ自体、民法七〇九条の不法行為を構成するものといわなければならない。

(二) 訴外松村その他の原告従業員は、原告が被告の計算において別表一、二記載の先物売買取引を行うに当り、商品の種類、限月、売付けまたは買付けの区別、新規または仕切りの区別、数量、売買を行う日、場、節などの受託契約準則三条所定の事項について、予め被告の指示を受けず、恣に売買取引を行った。このことは商品取引所法九四条一項三、四号、九六条、同法施行規則七条の三第三号、受託契約準則三条、一八条一号に違反する不法行為である。ちなみに、甲第一三ないし一六号証は、訴外松村が被告から白紙に署名押印させたのち恣に文章を書き入れたものであるが、図らずも右の不法行為が行われた事実を証明しており、右の不法行為の事実は次の(三)の事実からも推認できることである。

(三) 商品取引員は委託を受けた商品市場における売買取引が成立したときは、遅滞なく書面をもって成立した価格及び数量並びに成立の日を委託者に通知しなければならない(受託契約準則五条)が、訴外松村その他原告従業員は被告に対し、別表一、二記載の各取引について右の報告をしなかった。右の通知義務の懈怠は商品取引所法九五条、九六条及び受託契約準則五条に違反する不法行為であるといわざるをえない。原告は、被告に対し売付または買付報告書、計算書を被告に対し郵送しなかったことを認め、被告から家族に本件取引を知られたくないから郵送しないでくれと頼まれた旨主張するが、そうであればなおのこと、家族に知られるおそれが十分な事前指示(それも原告は電話で受けたという)などするはずがない。本件取引の実情をみると、一日に何度も取引されていることが明らかである。被告がいちいち指示をしていたなら、一緒に暮らし、生活している家族が気付かぬことはありえないのである。むしろ原告の主張事実は、被告が事前に指示していないことの論証となる。

(四) 別表一、二記載の売買取引の中には、同限月、同枚数、同値の売買が数多く存在し、一日に数回の取引を行っている例もある。訴外松村その他の原告の従業員は、原告の手数料稼ぎ(委託者である被告に損失を生じさせる)の目的で、被告の個別具体的な指示を受けず、恣に委託の趣旨に反する違法な商品(先物)取引を行った。右取引を合理的なものとする特段の事情は見受けられない。別表一、二記載の各取引は、被告に損害を与えることを目的としてなされた不法行為なのである。

3 損害

(一) 被告は、1項の不法行為によって、騙取された合計金一九七五万円相当の損害を蒙った。

(二) 仮に1項の事実が認められないとしても、被告は2項の不法行為によって、原告に対し別表一、二記載の各取引に関する損益差損金及び委託手数料として合計金二二五三万五八六〇円の債務を負担することとなり、右債務額相当の損害を蒙った。しかして、原告は被告に対し、右の被告の債務と別表三記載の被告の預託金返還請求権金一九七五万円とを対当額において清算(相殺)し、その結果被告は、右債務負担による損害が現実化し、預託金返還請求権を失った。

4 原告は前記1項の不法行為者松村を雇用し、また2項の不法行為を遂行した松村および氏名の明らかでない他の従業員を雇用し、自己の業務を遂行させていたのであるから、右各行為により被告が蒙った損害を賠償する責任がある。

よって、被告は原告に対し損害金一九七五万円及びこれに対する昭和五〇年五月一一日(最後の騙取日の翌日)から、予備的に損害発生後の同年九月二日から右完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1項の事実のうち、原告が被告から別表三記載のとおり合計金一九七五万円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。被告は、昭和五二年春ころ高血圧症、脳内出血によって半身不随になり、その後高血圧症、動脈硬化症及び脳軟化症で入院しているが、少くとも昭和四九年六月から昭和五〇年九月までの期間中は健康であって、農耕に従事し、通常人と同程度の理非弁別能力を有していた。訴外松村は被告に対し、昭和四九年六月二二日から数回にわたって商品取引の説明と委託の勧誘をした。被告は同月二八日右勧誘に応じて、訴外松村と第一回の大手亡豆先物売買取引委託契約を締結した(別表一記載の1)。訴外松村は同日被告に対し「商品取引をされる皆様に」と題するパンフレットを交付しており、右パンフレットには商品取引によって損失が発生すること、確認が大切であること、資金の投入の仕方、不審な点は速やかに申出るべきことなどが大きな字で記載されていたから、被告は商品取引の仕組みについて充分に理解していた筈である。農林債券なるものは実在せず、被告の主張は全くの作り話である。被告は訴外松村に対し別表一記載のとおり昭和四九年六月二八日から同年八月七日までの期間中合計七三回にわたって北海道大手亡豆先物売買取引を継続して委託し、その委託証拠金として別表三の1ないし3のとおり金員を預託した。ところが、被告の資金が不足するに至ったため委託取引を中断し、昭和五〇年四月九日から別表二記載のとおり委託取引を再開し、別表三記載の4ないし7のとおり委託証拠金を預託した。訴外松村は被告に対し別表三記載の1ないし7の委託証拠金についてその都度委託証拠金預り証を交付している。被告は、多額の金員を預託することから、求めて原告の営業所を見学したことがあり、営業所において場、節及び値段などを記入した黒板や外務員が電話で注文のやりとりをしている状況も見ていた。

2 同2項前文の事実のうち、原告が被告の計算において別表一、二記載の商品先物取引を行ったことは認めるが、その余は否認する。

同項(一)の事実は否認する。

同項(二)の事実のうち、原告が別表一、二記載の商品先物取引を行ったことは認めるが、その余は否認する。売買の内容は必ず予め委託注文をうけ、その際注文の内容を確認してから売買取引を行った。

同項(三)の事実は認める。しかし、訴外松村昇は被告に対し委託された売買取引が成立する毎に電話連絡をして報告していた。したがって、被告は、その都度損益金の発生について内容を知悉していた。被告は、当時、自己の取引の内容を知悉していたからこそ証拠金と追加証拠金を反覆して預託したのである。原告が被告に対し、郵便による報告を控えたのは、同人が訴外松村に対し、家族に知られたくないから郵送してくれるなと強く要望したためである。訴外松村は被告に対し、被告宅を訪問した際、または被告が原告の事務所を訪れた際に、一括して報告書を手渡している。したがって、書面による報告を欠いたことをもって違法ということはできない。

同項(四)の事実のうち、別表一、二記載の売買取引の中に、同限月、行枚数、同値の売買が存在すること、一日に何度も取引を行っている例があることは認めるが、その余は否認する。原告は、すべて被告の指示に基づいて売買取引を行った。

3 同3項(一)の事実は否認する。同項(二)の事実のうち、被告が原告に対し別表一、二記載の各取引に関する損益差損金及び委託手数料の合計金二二五三万五八六〇円の債務を負担することとなったこと、原告が被告の右債務と別表三記載の預託金返還請求権合計金一九七五万円とを対当額において清算(相殺)したことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一基本的事実関係について

一  本訴請求原因事実のうち1、2項及び3項の(三)、(四)、反訴請求原因事実のうち、被告が原告に対し別表三記載のとおり合計金一九七五万円を支払ったこと、原告が被告の計算において別表一、二記載の各取引を行ったこと、その結果計算上は被告が原告に対する損益差損金及び委託手数料として別表一、二記載のとおり合計金二二五三万五八六〇円の債務を負担することとなったこと、原告が右債務と別表三記載の預託金返還請求権合計金一九七五万円とを対当額において清算(相殺)したことは当事者間に争いがない。右の精算(相殺)額のうち金二五四万〇六〇〇円は別表一記載の各取引に関するものであるからこれを除外すると、別表二記載の各取引に関する精算(相殺)額は金一七二〇万九四〇〇円、計算上の債務残額は金二七八万五八六〇円となる。

二  被告名下の印影が同人の印章によるものであることは当事者間に争いがなく、これと《証拠省略》並びに前項の当事者間に争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告の登録外務員である訴外松村昇は、被告に対し昭和四九年六月二一日、二二日、二六日及び二八日に商品(先物)売買取引の勧誘を重ねた末、被告から同月二八日朝同人宅において同人の計算において北海道大手亡豆の商品(先物)売買取引を行う旨の取引委託を受けた。その際被告から北海道穀物商品取引所受託契約準則についての承諾書及び被告の住所氏名等の通知書の作成交付を受け、委託証拠金の支払のために定期預金証書(元利合計金一〇九万六七四〇円)の預託を受けた(別表三の1)。別表一の1、2記載のとおり原告が被告の計算において北海道大手亡豆(先物)の買付及びその仕切り(反対売買)をして益金合計金五八万六〇〇〇円を発生させ、その委託手数料は合計金二五万二〇〇〇円となった。訴外松村が同年七月一日被告に対し、右取引の結果を報告し、売買報告書と解約明細書を交付した。ところが、被告は、同人の長男である訴外増田重興(同訴外人が被告の家産を管理していた)に商品(先物)取引の委託を知られることをおそれ、訴外松村に対し以後売買報告書等の書類を自宅に郵送しないように求め、同訴外人もこれを承諾した。訴外松村は、同日被告から、利殖の目的で商品(先物)取引を原告に委託し、損益金については被告が負担して原告には迷惑をかけない、銘柄は北海道大手亡豆とするが、取引の数量、新規売買とその仕切り(反対売買)の時期及び場節の判断は預託した委託証拠金の額の許す範囲内で訴外松村の判断に一任する旨の申込を取りつけ、原告の代理人として商品先物取引委託契約を締結した。被告は同月三日原告の事務所を訪問したが、同日までに原告は、訴外松村の判断に基づいて、別表一の3、4及び6記載のとおり取引(新規及び仕切り)を行っていた。別表一の1ないし4及び6記載の取引については、同日までに発生した損益差益金が金五四二万円、委託手数料が合計金四二万円、両者の計算上の差益金が金一二万二〇〇〇円となっていて(別表四の1、2)、被告と訴外松村が同日合意のうえ右の損益差益金のうち金一〇万三二六〇円を委託証拠金に振替え(別表三の2)、委託証拠金が合計金一二〇万円となった。原告が訴外松村の判断に基づき被告の計算において別表一の5及び7ないし32記載のとおり商品(先物)取引を行った結果は別表四の3記載のとおりとなり、同月三〇日原・被告が、右の振替金(貸金)、損益差損金、委託手数料及び委託証拠金を精算(相殺)し、さらに被告が原告に対し委託証拠金(追加)として金一五五万円を預託した(別表三の3)。原告は訴外松村の判断に基づき被告の計算において別表一の33ないし38記載のとおり商品(先物)取引を行い、その結果は別表四の4記載のとおりとなった。被告は同年八月二九日ころ訴外松村に対し、資金の都合がつかないので昭和五〇年四月まで取引の委託を中断する旨述べ、原・被告は委託証拠金と被告の債務を精算(相殺)した。被告は、昭和五〇年四月九日訴外松村に対し、委託証拠金(追加)として金三〇〇万円を預託し(別表三の4)、売買取引の委託を再開した。原告は訴外松村の判断に基づき被告の計算において別表二記載のとおり取引を行い、その間に被告から別表三の5ないし7のとおり委託証拠金(追加)の預託を受けた。訴外松村は昭和五〇年五月二三日被告に対し、さらに委託証拠金(追加)五〇〇万円の預託を求めたが、被告が委託証拠金(追加)を預託しないため、原告は同年九月一日受託契約準則一三条に基づき残っていた別表二の49及び78記載の取引について反対売買を行った。別表二記載の取引の結果は別表四の7記載のとおりとなり、被告の債務の内金一七一〇万六一四〇円については委託証拠金と清算された。その結果被告の債務の残額が金二七八万五八六〇円となった。被告は昭和四九年六月二八日から昭和五〇年九月ころまでの間に合計七回原告の事務所を訪問し、うち一、二回は営業所において具体的な売買取引の委託指示を行った。被告は右期間中長男である訴外増田重興と同居していたが、訴外松村との交渉について、昭和五〇年六月ころまで右重興に内緒にして打明けなかった。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

三  原告は別表一、二記載の各売買について被告から必ず予め委託注文を受け、その際に注文の内容を確認してから売買取引を行った旨主張し、証人松村昇の供述中には右主張に合致する部分もある。しかし、同証人は、後記のとおり商品取引所法及び受託契約準則に違反する行為、委託手数料を増大させる目的で売買取引を頻繁に反覆して行うなど被告の委託の趣旨に反する不公正な行為、並びに被告から予め甲第一四号証の念書の作成交付を受けるなど被告との紛争の発生に備えた行為を行い、かつ、同証人が甲第一四号証の念書について単に成行売買の委託の趣旨にすぎない旨の措信できない供述をしていること、原告が被告の計算において行った売買取引の新規取引額は総計金二四億四五二二万二四〇〇円(別表一、二及び別表四の6)となり、右取引(新規及び仕切り)の中には、同一日の前場及び後場の各節に行い、しかも新規売買からその仕切りまでの期間が極めて短く、頻繁に取引が行われていて、被告が原告の営業所を訪問した回数に比べると具体的かつ個別の指示があったとするには不自然であること(前記二項参照)に照らすと、同証人の供述のうち原告の前記主張に合致する部分は到底信用することができない。前項の認定事実によれば別表一の1、2記載の各取引については予め被告の委託指示を受けたことが認められるが、その余の取引については原告の前記主張事実を認めるに足る証拠はない。

四1  以上の事実によれば、昭和四九年七月一日に成立した原・被告間の商品(先物)取引委託契約(以下「本件委託契約」という)は、委託証拠金をもって原告が被告の具体的な指示を受けることなく訴外松村の判断で勝手に取引を行ういわゆる一任売買、委せ玉の合意であって、商品取引所法九四条三号、九六条、受託契約準則三条、一八条一号に違反する違法な契約である。

2  また、原告が被告の計算において行った別表一の3ないし38及び別表二記載の売買取引は、一任を受けた訴外松村の判断に基づき、(イ)限月、(ロ)売付けまたは買付けの区別、(ハ)新規または仕切りの区別、(ニ)数量、(ホ)売買を行う日、場及び節について、予め被告から具体的な指示を受けずに行われており、このように原告が被告の個別具体的な指示を受けずに売買取引をしたことは、商品取引所法九四条四号、九六条、受託契約準則一八条二号に違反する違法がある。

3  原告の従業員が別表一、二記載の売買取引(別表一の1、2記載の売買取引を除く)について、取引成立後遅滞なく書面をもって被告に対し報告しなかったことは当事者間に争いがなく、右は、商品取引所法九五条、九六条、受託契約準則一八条二号、五条に違反する違法がある。もっとも《証拠省略》、前記二の認定事実によれば、右については、訴外松村と被告との合意があったことが認められる。

五  ところで、前記認定に係る別表一、二記載の売買取引の経過に照らすと、原告は、ほぼ同一価格で同数の「売り」と「買い」の新規取引を同一の場節で両建し、しかもいずれも即日同一の場で仕切って取引を終了したこと(別表二の20、21)従前の価格の推移に照らして安値であるのに先物の売却(同表2、23、24、28、75)を行い、高値であるのに先物の買入れ(同表8、20、66、69、78)を行っていること、頻繁に反覆して新規売買を行っていること、右の売買について価格が委託手数料以上の益金を発生させる程度に変動するのを待たずに即日または数日のうちに反対売買に出て取引を仕切っていること(別表一の3、5ないし8、11、13ないし17、19、23ないし27、29、31、32、34ないし38、別表二の2、5、8ないし11、18ないし33、35ないし38、42、45ないし52、55ないし58、66ないし76)、原告が昭和四九年七月一日以降訴外松村の判断に基づき被告の計算において行った商品(先物)取引が極めて頻繁に反覆され、しかも新規取引額が総計金二四億一五二九万八四〇〇円(別表四の6)、うち別表二記載の取引の新規取引額は金二一億九〇九九万四〇〇〇円に達していることが認められ、証人松村昇の証言によって認められる訴外松村が被告に対し昭和四九年六月二二日商品取引について説明したが、完全な理解を得られず、重ねて同月二六日及び二八日に勧誘説明した事実及び前記第一の二の事実からすると、被告が商品(先物)取引に慣れておらず、もっぱら訴外松村の判断を信頼していたことが推認される。右の各事実、前記第一の二の事実、本件委託契約の内容、《証拠省略》を総合すると、訴外松村は、少くとも別表二記載の取引(新規取引額合計金二一億九〇九九万四〇〇〇円、損益差損金一一七万六〇〇〇円、委託手数料合計金一八七一万六〇〇〇円、但し昭和五〇年九月一日に反対売買をした同表49及び78以外の取引の結果は損益差益金六五二万四〇〇〇円となっていた)については、予め被告から商品(先物)取引の内容等について一任を受け、かつ、書面による事後報告等の通知を免除されていたこと、及び被告が別表一、二の取引の内容に注意を払わずに訴外松村の判断に信頼して委託証拠金(追加)を預託し続けたことに乗じて、もっぱら被告の損失において原告の委託手数料を増大させる目的で(前記のとおり別表二記載の取引による損益差損金は金一一七万六〇〇〇円にすぎないのに、手数料額は金一八七一万六〇〇〇円に達している)、取引(新規及び仕切り)の内容・時期を決定し、いわゆる「コロガシ」を行ったものと推認するほかはない。

昭和五〇年七月一二日付念書(甲第一五号証・同号証の記載のうち被告の署名押印部分の成立は当事者間に争いがなく、証人松村昇の証言によれば同証人がその余の部分を作成したことが認められる)には、昭和四九年七月一日から昭和五〇年七月一二日までの原告との商品先物取引について、被告には一切異議がない旨の記載があるが、仮に右の念書が全部被告の意思に基づいて作成されたものであったとしても、右念書が作成されたことから前記の推認を覆すことはできず、他にはこれを覆すに足る証拠はない。

第二本訴請求について

原告は、第一の一末尾記載の精算金債権(損益差損金と委託手数料)二七八万五八六〇円を有すると主張するのみであるが、右が手数料請求権であるのか費用償還請求権であるかは必ずしも明らかでない。しかしそのいずれであるにしても以下述べるとおり右請求は理由がない。すなわち商品取引の委託を受けた商品取引員が委託手数料(報酬)を得るためには自らまたはその雇用する外務員をして商品取引所法及び受託契約準則の規定を遵守して委託にかかる事務を行うべきであり、自ら前記法及び準則に違反しながら手数料の請求について前記の法及び準則の規定を援用することは、委託者の保護、取引の公正等を目的とする商品取引所法の精神に反する。加えて一任売買及び報告免除の合意があることに乗じ自己の手数料稼ぎの目的で委託者の利益に結びつかない多数かつ反覆した取引について委託手数料請求権あるいは費用償還請求権を主張し、訴訟上請求することは、反訴請求に関して後述する被告の過失を斟酌しても、委託者と商品取引員を支配する信義の原則に反し許されるべきものではないというべきである。してみると、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点の判断を経るまでもなく、失当である。

第三反訴請求について

一1  反訴請求原因1項の欺罔行為及び同2項(一)の如き勧誘がなされた事実を認めるに足る証拠はない。

別表一の3ないし38及び別表二記載の取引について反訴請求原因2項(二)、(三)の事実があり、原告に商品取引所法九四条三、四号、九五条、九六条、受託契約準則一八条一、二号、五条に違反する違法があったこと、右違法について被告と訴外松村との間に予め合意があったことは、前述(第一の二及び同四の1ないし3)のとおりである。別表一の1、2記載の取引については反訴請求原因2項(二)、(三)の事実を認めるに足る証拠はない。

別表二記載の各取引について反訴請求原因2項(四)の事実があったことは前述(第一の五)のとおりであって、右取引の結果は別表四の7記載のとおりとなった。

被告は別表一記載の取引についても反訴請求原因2項(四)の事実があったと主張するが、そのうち同表1、2記載の取引について右主張事実を認めるに足る証拠はない。同表3ないし38記載の取引が被告の一任を受けた訴外松村の判断に基づいて行われたこと、右取引について反訴請求原因2項(二)、(三)の事実があったこと、右取引の中には価格が委託手数料を越える益金を発生させる程度に変動するのを待たずに即日または数日のうちに反対売買に出て仕切ったもの(別表一の3、5ないし8、11、13ないし17、19、23ないし27、29、31、32、34ないし38)があったことは前述(第一の二、同四の1ないし3、同五、第三の一の2)のとおりである。しかし、他方、訴外松村と被告が昭和四九年七月三日合意のうえ、同日までに発生していた別表一の1ないし4及び6の取引の損益差益金の一部を委託証拠金に振替えた事実(前述第一の二)によれば、訴外松村が同日被告に対し別表一の3、4及び6記載の取引の結果(別表四の2)を少くとも口頭で報告したことが推認される。右事実と別表一の3ないし38記載の取引の結果(別表四の5)に照らして考えると、前記第一の二、同四の1ないし3、同五及び第三の一の2の各事実から、訴外松村その他の原告の従業員が別表一の3ないし38の取引の内容・時期等を判断する際に手数料稼ぎ(被告に損失を生じさせる)の目的を有していた旨の被告主張事実を肯認することはむづかしく、ほかにはこれを認めるに足る証拠がない。

2  別表一記載の1、2の取引については反訴請求原因2項の各事実を認めるに足りる証拠のないこと既にみたとおりであり、同表記載の3ないし38の取引については反訴請求原因2項(二)、(三)に記載する商品取引所法九四条三、四号、九五条、九六条、受託契約準則一八条一、二号、五条に違反する事実が認められるのであるが、第一で検討したところ、とくに被告は訴外松村に対し売買報告書等の書類の自宅への郵送をしないよう求めたことがあったこと、訴外松村の言動によるものとはいえ同訴外人の一任売買を許諾したものであることの各事実及び右各取引については、原告の従業員らに手数料稼ぎの目的があったと認めるに足りる証拠のないことに照らすと、前記違反事実行為をもって直ちに不法行為を構成するものとは断じ難く、その他には右各取引が原告の従業員の不法行為に基づくものであるとの被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

これに対し別表二記載の各取引については、前記第一、第二及び前項において検討したところを総合し、訴外松村その他の原告従業員が別表二記載の各取引についてなした一連の行為を全体として観察すれば、被告に対し少くとも多額の委託手数料相当額の損害を蒙らせる結果となることを認識してなされ、社会通念上商品取引における外務員等の行為として許容しうる域をはるかに越えたもので全体として違法性を有し、不法行為を構成するものと認めるのが相当である。他には右の判断を覆すに足る事実及び証拠はない。

二  被告が、前項の不法行為に基づく別表二記載の各取引の結果、原告に対し合計金一九八九万二〇〇〇円の債務(損益差損金及び委託手数料)を負担し、しかも右の内金一七一〇万六一四〇円については、被告の委託証拠金返還請求権と対当額において清算(相殺)され、右金額の債権債務が消滅したことは、前述のとおりである。

右の清算(相殺)の時期及び自働債権の範囲についての原告主張事実(本訴請求原因4項(一))を認めるに足る証拠はないが、《証拠省略》によれば、原告の被告に対する精算(相殺)の意思表示の効力発生日が遅くとも昭和五〇年一〇月二七日であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみると、被告は、訴外松村その他の原告従業員の不法行為によって、遅くとも昭和五〇年一〇月二七日、金一七一〇万六一四〇円の委託証拠金返還請求権相当額の損失を蒙ったことになる。

三  被告が、昭和四九年七月一日訴外松村と商品(先物)取引委託契約を締結した際、同訴外人に対し、委託する商品(先物)取引の内容・時期の判断を一任し、かつ、書面による取引結果の報告を免除し、その後もっぱら訴外松村の判断を盲信して別表一、二記載の取引の内容に注意を払わず、訴外松村その他の原告従業員が不法行為を行う基盤を築いたこと、しかも、訴外松村の判断を盲信したまま別表三の5ないし7のとおり多額の委託証拠金(追加)を預託して右の不法行為に乗ぜられる基盤を拡大したことは前述(第一の五)のとおりである。右の事情によれば、訴外松村その他の原告の従業員の不法行為による被告の損害の発生については、被告自らにも落度(過失)があると認められる。したがって、原告が被告に対し賠償すべき損害額については、この点を斟酌し、全損害のうち四割を控除するのが相当である。

四  してみると、被告の反訴請求は、訴外松村昇その他の従業員の不法行為に基づく損害につき、その使用者である原告に対し、損害金一〇二六万三六八四円及びこれに対する損害発生の日である昭和五〇年一〇月二七日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の賠償を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきである。

第三結論

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 宗宮英俊 榮春彦)

〈以下省略〉

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